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相変わらずがっしりとした大きな背中が、その体に隠れて見えない訪問客の可笑しそうな笑い声に釣られて微かに揺れた。
やっと玄関の扉が閉まり、振り返った男の腕にはその風貌に似合わない可愛らしい布巾のかかったバスケットが抱えられていて、妙に愛嬌のあるその姿に思わず吹き出すと、困ったように眉を下げた微笑と目が合った。
「宿題を見てやった礼だと」
今度は何をしてやったんだ?と聞くと、まんざら困っているようでもない様子でポンとその可愛いお礼の品を手渡された。布巾の下は少しばかり形の崩れたカントリークッキーだ。
「最初はあんなに怖がられていたのにな」
躊躇いなくクッキーを齧りながら笑うレオンに、うるさいぞ、とクリスも笑った。
クリスがこの田舎に移住してしばらく経つ。それよりも前からもう銃を置きたいということは何度か聞いていた。最も、今でも必要とあらばすぐにでも使えるよう整備された武器が、この屋敷のどこかに収まってるだろう。本人が引退したくても、状況は中々許してくれないのだ。
たまに訪ねて来る組織の連中、ツテを使って助けを求めてくるかつての仲間や部下。そういうものを除けばだいぶ隠居生活も板についてきた。最近は仕事の合間にいつ足を運んでも大体はこの家にいて迎え入れてくれるので、もっぱら自宅のようにただいまと言って帰ってくるレオンに、何か言いたげにしながらも好きなようにさせくれている。
この小さなコミュニティで、そのどこから見ても堅気ではない初老の大男は初めこそ警戒されていたものの、レオンが訪ねて来るたびに徐々に受け入れられている様子が見てとれた。一見社交的には見えないが、元々集団生活が身についており、基本的に人が好きな男だ。若者や働き手の多くが都会に出てしまうであろう土地で、力仕事を手伝えば重宝されたし、最初は見る者を圧倒させる風貌も、落ち着いた優しげな雰囲気と朴訥な性質は不思議と子供達にまず見抜かれ、気に入られていた。危険な人物でないと周知されてからは、半ば子守のようなことをさせられてる節もある。
コーヒーでも淹れるか?と台所に立つ背中にそっと近づいて腰に手をまわす。胴回りも昔と変わりなく逞しいが、少しばかり柔らかい肉がついた気がする。
「おいレオン、失礼だぞ」
肩に顎に乗せて正直に囁いてやると、むすりとした低い声が返ってくるのが心地よい。と、同時に、
わんっ
会話に割って入る声がもう一つ。
「おっと、お前を呼んだんじゃないよ、レオン」
「…なあ、こいつの名前、良い加減変えないか?」
2人の足元に行儀良くお座りしているのは、クリスが昔の部下からこの家にくるときに譲り受けた若いシェパードの雑種だ。
もう自分の名前と認識しちまってるから、無理だな。とクリスは苦笑しながら、床にチャカチャカとつま先の音を立てながら足元から己が主人を期待の眼差しで見上げる“レオン”の首をわしゃわしゃと撫でた。撫でながら、
「…まさか、お前がこんなに頻繁に訪ねてくるとは思わなかったから…」
と小さな声で犬の目を見たまま呟いたクリスの、少し赤く染まった耳に、レオンはどうしようもなく込み上げる愛しさに耐えながら、そっとキスをした。