幕間

(※夜の終わりまで12の合間ぐらいの話)

 

訓練場の照明を落としたのは、意図的だった。
余計な光があると、集中が乱れる。
それだけで、力のバランスが不安定になる。
クリスは壁際に立ち、ピアーズの訓練の様子を見ていた。
呼吸の間隔、肩の上下、指先の緊張。
担当医からはオーバーワークを警告されていた。こういったことは、本人よりもその上司に伝えた方が有効的だと早い段階で気づいたらしい彼らから説明を受け、時間が許せばクリスはピアーズの特訓を見るようにしている。
元来物分かりのいい彼が、誰の言うことも聞かず無理をしようする様は、体の負荷以上に、心の乱れを感じさせた。
ピアーズの隠している感情に、クリスは薄々気づいている。それを悟られたくないという必死さも。
だから、こちらも表に出すつもりはなかった。
気づいていると悟られた瞬間、彼はさらに自分を追い詰めるだろう。それだけは、避けなければならない。
「そこまでだ」
いつもと同じ調子で声をかけると、ピアーズが振り返った
一瞬だけ、安堵が浮かび、すぐに消える。
「まだ、いけます」
無理をしているときの返答だ。クリスは一歩、距離を詰める。
「集中力が落ちている」
訓練の様子を何度か見ていて分かったことがある。ピアーズの力のコントロールは、精神状態に強く左右されるということだ。
あの日、自分の失態が引き金となって背負わせた現状を認識するたび、胸の奥が重くなる。
(俺が、もっと強ければ。)
そう思っても、過去は変えられない。
「……座れ」
命令口調にするのは、甘さを見せすぎないためだ。彼の決意を揺るがせる。
ピアーズは従い、そばに誂えられたベンチに腰を下ろす。
呼吸がまだ整っていない。
クリスも隣に座る。他に誰もいないことを、もう一度確認してから。
「力を抑えるのはきついか」
「大丈夫です」
即答の「大丈夫」。それが出るときは、限界が近い。
クリスは少しのためらいの後、手を伸ばした。
ピアーズの肩を引き寄せる。
抱き寄せる形だが、力は入れない。
ピアーズの身体が、一瞬こわばり、それから、ゆっくりと力が抜ける。
「……すみません」小さな声。
「謝るな」
胸元に伝わる呼吸が、次第に落ち着いていく。
能力の暴走の兆候が、引いていくのがわかる。
この時間だけ、ピアーズは素直になる。
自分からは求めないが、拒まない。
それが、余計に胸を締めつける。
――わかっている。
この行為が、彼にとって支えになると同時に、希望になってしまう危険も。
「……少し、楽です」
かすれた声。
「そうか」
それ以上は言わない。
彼が秘めている感情。それを自分が知っていること。
どちらも、この場には不要だ。
今はただ安心させてやりたい。
ピアーズの呼吸が規則的になってしばらくすると、クリスは、静かに身体を離した。
ピアーズは名残を見せなかった。
すぐに姿勢を正し、部下の顔に戻る。
「……ありがとうございます」
「よく休めよ。命令だ」
クリスは立ち上がり、背を向ける。
この距離感を、保たなければならない。
――いつまで、これを続けられる?
彼の力が安定するまでか。
彼の感情が、別の形に変わるまでか。
それとも、自分が罪悪感に耐えられなくなるまでか。
答えはない。
ただ一つ確かなのは、
今はまだ、この手を離すことだけはできないということだ。
クリスは足を止めず、出口へ向かう。
背後で、ピアーズが深く息を吸う気配がした。
それを聞きながら、クリスは胸の奥に、漠然とした不安を抱えたままその場を去る。
いつか、答えを出さなければいけないときが来るとしても。
今は、まだ。

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