PIERS

”生まれた時”から俺はクリスと2人だった。
クリスは俺と少し形が違ってる。いや、違うのは俺のほうなのだろうか。クリス以外の他人を知らないから解らない。
クリスは、俺が外に出るのをよく思わない。俺が外に出たがってもきつく怒ったりはしないが、困った様な、悲しそうな顔をする。俺はその顔を見ると、クリスが俺を嫌いになるんじゃないかってとても不安になる。だからあんまり我が侭は言わないことにしている。
クリスは俺が他の誰かに見られるのを怖がっている。だから、やっぱり違っているのは俺のほうなのだろう。普通はクリスのように左右の腕が同じ形で、顔の形も対称なんだ。
俺はクリスが好きだ。クリスしかいないから好きってわけじゃない。クリスが好きだから、クリスだけいたらそれでいいと思っている。
だから、どうして俺が違った見た目をしているのかなんてどうでもいい。クリスはとても優しいし、俺が違っていることも気にしてないみたいに思う。
クリスは優しいって言ったけど、本当に優しい。”生まれた”ばかりの俺が、うまく身体を動かせずに暴れた時も、なにもとがめることはなかった。ただ、俺を落ち着かせようとしたクリスに怪我をさせてしまった。そのことは今とても後悔していることのひとつだ。
俺が右腕の光を自分でコントロールできなかった時も、根気よく側にいてくれた。最初はクリスを敵だと思っていた俺はとても酷いことをしたと思う。あの悲しそうな顔を何度もさせてしまった。あとになってクリスに謝ったけどクリスは少し驚いて、それから笑ってそんなこと気にしなくて良いと言ってくれた。怪我の跡が残っている。俺はそれから絶対にクリスを守ろうと決めた。
クリスは俺を”ピアーズ”と呼ぶ。その声はとても心にしっくりきて、クリスに”ピアーズ”って呼ばれるのは好きだ。だけどクリスはそれから俺の知らない話をする。クリスと”ピアーズ”が過ごしたことの話。懐かしそうに、とても大切なもののように話す。俺はその話を聞くのはすきじゃない。だってその”ピアーズ”を俺は知らない。俺の知らない誰かとしたことを楽しそうに話すクリスは好きじゃない。でも俺が相づちをうつとクリスが喜ぶから我慢している。ほんとは嫌だけど、クリスに嫌われたくない。
俺達は家に2人で住んでいる。(この建物は”家”というらしい)
最初のほうクリスはよく俺に居心地が悪くないか聞いた。不便なことがないかとか。別に俺はクリスがいればどこでも何でも良いんだけど、そうやって俺を気にかけて優しくしてくれることが嬉しい。だからこの家は好きだ。
家にある物はクリスがどこかから持ってくる。クリスもあんまり外に出て行かないが、必要な時は時々どこかへ出かけて行く。すぐ帰ってくる時もあったし、何日もかかることもある。何日もかかると俺はすごく不安になる。ある時はいてもたってもいられなくって家の中をめちゃくちゃにした。帰ってきたクリスはやっぱり怒らなかったけど、それどころかなかなか帰ってこなかったことを謝ってくれたけど、だけどやっぱり困った顔をして、俺と一緒に暮らす家だから、大事にして欲しいと言っていた。それでなんとなく、クリスと俺の2人の”家”ってものが大事に思えるようになった。それをめちゃくちゃにしたことが、俺の後悔していることのふたつめ。
家のまわりに他の建物はない。森と、近くに小さな池と、あとどこかへ続く道が一本ある。俺の世界はその景色とクリスで完結している。それを不満に思ったことはあんまりない。だけどクリスはどこかへ行った時は他の誰かと会っているみたいだし、誰かと電話ってやつで話したりしている。それが嫌だ。クリスにも俺だけでいいのに。だらかあの一本の道さえも無くなってしまえばいいと思う。クリスが言うには俺とクリスが一緒にいるために必要なことらしいので、我慢してるけど。
でもそれ以外はクリスはずっと俺と一緒にいる。怪我をさせてしまってから右手でクリスに触ることが怖かったけど、クリスは光る俺の右腕を撫でてくれる。顔にも触ってくれる。怖くないよって言うみたいに。クリスに触られるともっとクリスに触りたくなって、クリスが駄目って言うまでずっとクリスにくっついている。動きにくいなあなんて笑いながら撫でてくれるクリス。大好きなクリス。だけどそうやっているとなんだかまた暴れ出したいような気分になって、クリスに酷いことはしたくないのに、何故だか乱暴にしたくなってしまう。それはどうしてかクリスを大事だと、好きだと強く思えば思う程ひどくなって、クリスが怒らないから、俺が何をしても怒ったりしないから、だからやってもいいと思ってしまったんだ。クリスが駄目って言ってもクリスに触った。もっともっと、どこもかしこも触れ合っていたかった。もっと近くに。こういうのはどうしたいというんだろう。食べてしまいたいというのに似てる気がする。抱きしめて、いろんなところに口をつけた。知らない内に光が強くなっていて、なにかにすごく焦っていてクリスに触る力がいつのまにかきつくなってしまってたんだと思う。気がついたらクリスは俺の腕の中でぐったりしていた。
ものすごく怖かった。何度も何度もクリスを呼んだ。傷つけないように撫でたり揺すったりしたけど目を覚まさなくて、俺はクリスが壊れてしまったと思って泣いた。泣きわめくといつか癇癪を起こした時のように家の中が光でめちゃくちゃになったけど、家なんか壊れてもクリスがいないと意味がない。
すごくすごく長い夜が空けてようやくクリスが目を覚まして、俺はまた泣いた。クリスは弱々しく笑いながら震える手で俺を抱きしめてくれた。
俺にクリスは守れないのかもしれない。クリスは目を覚ましたけど、俺はそれに気付いてから今までで一番怖くなった。クリスを守れなければ俺なんて意味がないのに。
それから、今まで以上にクリスの姿が見えないのが不安になった。クリスも心配してくれてるみたいで、出かけてもすぐに帰ってきた。だけど無理をさせてる気がする。クリスを困らせたくない。けれども俺のために困るのが嬉しい、可愛いと思う。単純にクリスを好きだったのに最近はなんだかぐちゃぐちゃだ。また物を壊してしまった。クリスに嫌われたくない。
どうしていいかわからず、またクリスにくっついて思いつくところ全部に口をつけていたら、クリスが「やり方」を教えてくれると言った。。。。。
その時のことをうまく説明するのは難しい。いつもは何でも知っていて、何でもできるクリスを頼もしいと思っていたけど、そのときのクリスはとても頼りなげで、弱々しくて、可愛いくて、それで、俺とクリスが一番近くなって、ひとつになれるやり方を教えてくれた。
一度、クリスが教えてくれたら俺はあとはどうすればいいのかすぐ解った。何度も何度もした。俺はクリスを食べてしまいたいのかと思ってたけどそれは違ってて、これが俺のやりたかったことだったんだと解った。クリスはもう解ってたんだ。クリスは俺のことをなんでも解っている。俺はそれが嬉しい。俺はそれがすごく気持ちよかったけど、クリスは苦しいみたいだった。後で聞いたらそんなことないって言ってたけど、クリスは優しいからちょっと嘘かもしれない。でも苦しそうにしてるクリスはやっぱり可愛い。
俺はそれからいつでもそれをしたかったけど、優しいクリスもそれはあんまり許してくれなかった。真夜中になると応えてくれることが多かったけど、それでもあんまりだ。やっぱり苦しかったのかな。
何度目かのあとに、久しぶりにクリスは”ピアーズ”の話をした。俺もピアーズなのに、なんだか俺と”ピアーズ”は違うっていうことを言いたいんだろうって気がして、苛々した。
”ピアーズ”はたぶんクリスと同じ形をしている。そんな気がした。けれど俺はその”ピアーズ”になりたいとは思わない。俺のほうがクリスに大事にされているし、それにこの形をしている俺はクリスより力が強い。これは本当に圧倒的に強い。俺には出来ない気がしてたけどやっぱり力があるこの形の俺がその”ピアーズ”よりクリスを守れると思う。それから、俺が抱きしめてるとクリスは自分の力では俺の腕から抜け出せなくって、それがすごく可愛いんだ。だから俺はこの形でいい。
 
 
 

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