Where the mind with fear.

もうやめなくては、と思う。だけど、明確な理由も思いつかないんだ。そんな言い訳を自問自答しながら、あれから何度か逢瀬を重ねている。
だいたい、あの顔がいけない。訪ねた部屋のドアが開かれた瞬間、あんなにも嬉しそうな顔をされて、拒絶できる人間がいるだろうか?
どうして俺なんだ。どうして、お前程の男が。解らない。だけど拒絶できないでいる俺のほうもどうかしている。
あれから、ずっと熱に浮かされている。俺も、お前も。
   
”任務が入った。今日は行けない”
そっけない一行だけのメールを、もう何度見返しただろう。
”いつまで?”と返した質問の答えはまだ帰ってこない。
クリスは気付いていないが、お互いが多忙な職務に就く中で、そう多くはないものの、頻繁に約束を取り付けられていたのは偶然じゃない。前もって調べた上で、お互いの空き時間が重なる時を狙い済ましていたからだ。
だから、約束の2時間前になってクリスが寄越したメールの内容が嘘だと言うことも、レオンは知っている。
 
言い訳でもいい、返事があれば引き返そうとモバイルを握ったまま向かったクリスの滞在先、そのドアの前でもう一度画面を確認したが、着信は無かった。
    
「嘘ついたんだな」
「…悪かった。だけど」
もう、やめたほうがいい、こういう風に会うのは。
クリスが言ったのは、なんとなく予想していた言葉だったが、本人の口から聞く拒絶は重くレオンにのしかかる。
「何故?」
レオンの口元は笑みを作りながら、強い口調で詰問する。
「俺が嫌か?会いたいと思っているのは、俺だけ?」
「そういうことじゃないんだ。なあ、レオン。俺達はやるべきことがあるだろう。裏切りも犠牲もたくさん見て来た。本当に信じられる人間もそう多くない。でも俺とお前は良い友人になれたんだ…そうだろう?あの、始まりからずっと、同じものを見据えてきたはずだ。なのに、こんな、」
こんな関係は、不毛だ。
クリスの濃い茶色の瞳が不安げに揺れている。それでも、まっすぐにレオンを見据えながら言った。いつか、足枷になるぞ、と。
good friends.レオンは鼻で笑った。そんなものになれる自信はない。
「でも、お前は俺を受け入れただろう。それは?なかったことにするのか?」
一歩、レオンが前にでる。反射的にクリスは後ずさりした。してしまってから、しまったと思った。
レオンの青い目が、冷たく燃え上がるのを見た。
強い力で己を捕らえる腕にクリスは抗えなかった。これ以上この男の自分に向ける感情を刺激するのが恐ろしかった。強引に身体の中に入り込まれて、いままでレオンが己の身体に気を使っていたことに気付いた。そんなことに気付いても、今更どうしようもない。
快感など、どちらにもなかった。
だが、レオンのほうは。
自分の奥底にある暗い部分が、肉体の喜びなどどうでもいいほどに満たされて行くのを確かに感じている。どうしてこんなことを、とクリスは言った。どうしてだろう。
彼を好きだ。大切に思っている。
けれども、それと同じぐらいの強さで、押さえつけ追いつめて、文字通り犯したいと思っている。自分のどこからこんなに凶暴な感情が湧いてくるのか、レオンにも解らない。
いつもは厳しさを讃えているその顔に涙を浮かべて、Please,と震える唇からこぼれる声。止めて欲しいという懇願は、組み敷く男からすればもっとして欲しいと言っているのと同じことだった。あの声色を思い出すだけでこんなにも高揚する。
もしも自分が離れたら、この声を他の誰かが聞くのだろうか。涙の跡を目尻に残して、今は穏やかに眠っているこの寝顔を、これまで見た人間は何人いるのか?
そこまで考えて、誰に対してか解らない激しい怒りに目がくらんだ。理不尽な感情だと解っていても、自分ではどうすることもできなかった。
考えても仕方が無い。暴れる感情に蓋をして、今はとにかくこの凶暴な己を彼から離さなければ。
   
クリスが目を覚ますと、部屋には自分一人きりだった。一度横で眠る己を見つめる彼の顔を見たような気もするが、夢だっただろうか。寝入った直前の記憶も曖昧だ。
手首には、うっすらと指の跡がついていた。これも、すぐに消えるだろう。すでに傷だらけの身体に痕跡など、なんの意味もない。ぼんやりとそんなことを考えた。
1人で部屋を後にしただろう彼の背中を思い浮かべる。
完全に拒絶することも、受け入れることもせずに、彼を傷つけている。だが、一度与えられたこの熱を、自分は捨てることができるのか。
拒否を口にしながらもどこかで求められることに安堵を覚えている自分が確かにいる。それは妙に罪悪感を煽る感情だった。
   
俺は怖いよ、レオン。お前のことも、自分のことも。
お前に触れられるたびに、弱い部分が増えて行く。
  
(お題:独占欲の自覚)