片思い

(フォレスト)
出来の悪い弟みたいだ。上司に説教されたことを愚痴るクリスにフォレストは言ったことがある。
いや、身につけた能力だけで言えば出来が悪いどころかかなり優秀だとは思っている。ヘリの操縦も、射撃の腕も、少々協調性に欠けるが優れた洞察力も。
しかしそれが正しく他人に伝わっているかどうかは少々怪しいものがある。まあ、ウェスカーの説教だけで済んでいること事態、クリスの困った独断専行による事件の解決が数多いことを物語っているのだが。
隣でくわえ煙草のまま管を巻いている年下の同僚を眺めるフォレストの、精悍な顔にくだけた微笑が浮かぶ。年よりも幼く見えるそんな姿を、クリスが見せることのできる人間は限られている。
向こう見ずな行動の数々は、彼の内向的な性格の裏返しだった。もっとうまく周囲の人間を使えばいいのに。そう思うが彼にはそれが出来ないことも解っている。不器用故に一見ひねくれているように見えるが、人一倍お人好しなのだ。この小憎たらしい弟は。
それを言ってやると、ちびた煙草をシケモクの山におしつけながら、クリスはしかめっつらで、フォレストの顔を見ないまま、ほんのすこし耳を赤くして、Damn it.とつぶやいた。いつも完璧な仕事をこなし、仲間からも信頼されているフォレストが、それでも何も言わず自分のバカに付き合ってくれていることを、クリスもまた解っていた。
でも弟になったつもりはねーぞ!と文句を言うクリスに、フォレストは笑ってその猫っ毛の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。やめろ!セットがくずれる!と両手でフォレストの手首をつかんで引き離そうと必死なクリスがフォレストには可愛かった。
弟だなんて思ってなかった。彼を構う理由にとってつけた小さな嘘。
いつか伝えるつもりだった。
それももう叶わない。
最後に彼と交わした言葉は、何だった?
襲い来る凄まじい飢えと寒さに朦朧とする意識の中、斜に構えた寂しそうなしかめっつらが浮かんだが、それが誰かを思い出す前にフォレストの意識は冷たい闇に飲まれた。
お題「嘘だと伝えることができないなんて」
 
 
(ジョセフ)
鼻歌なんぞ歌いながらロッカーの扉を締めたジョセフの膝の裏に衝撃がはしった。
うおっ!?と声をあげて思わず踏み出した脚が見事にロッカーにヒットして派手な音が響く。
勢いよく振り向くと、怒った顔…というよりも、ふくれっつら…でこちらを睨んでいるクリスがいた。ブーツのつま先を膝に入れてくれたのはどうもコイツらしい。
「いきなりなにすんだてめえ!」
「お前きのう俺が隊長につかまってる隙に帰っただろ!」
きのうのシフトの後にクリスがウェスカーに捕まったのは知っている。
週末に市外の店でクリスが買った喧嘩の件だ。
「俺が買っただって?」
「あー…まあ、俺も手を出したような気がしないでもないような気もする」
「おまえが先だっただろ!あれは!」
なのになんで俺だけ!隊長は言い訳一切聞いてくれないし…
はあ、とクリスがため息をついた。怒りが持続しないほどウェスカーの説教にうんざりしているらしい。(だいたいの場合本題だけではおさまらず、過去その他の件ももちだしてくどくどと長引くのだ)
「まあまあ、逃げたのは悪かったよ…。でも、俺がいると余計長引くだろ」
血の気の多いジョセフはつい反論してしまうので、そういうことは多々あった。
解ってるなら黙って怒られろと言われるが、その場の感情は別だとジョセフは主張する。
「それにクリスちゃんは隊長のお気に入りだからその程度で済むんだよ」
「俺が!?どこが!!?」しかも全然”その程度”じゃない!
あとちゃん付けするなとかなにやらわめいているが、ジョセフはひらひらと手を降ってかわした。文句が言いたいだけでそれほどクリスが怒ってるわけではないのも解っている。だが、
「あーあ、フォレストもいたらあんな騒ぎにならなかったのに…」
その言葉に少し、カチンとくる。3人でいくことの多い店だが、その週末はフォレストはシフトが入っていて自分とクリスの2人だった。
自分達と3人セットで問題児扱いされてるそのブラヴォーチームのオムニマンはジョセフより2つ年上で、血気盛んな年下2人の手綱をなんとなく握っており、クリスが一目置いているのも、たまに何か相談しているのも知っていた。俺には言わないのに。おもしろくない。
これは嫉妬だ。ストレートの自分が、潔くこの感情を肯定するのに、だいぶ苦労したのも知らず、クリスはフォレストにも言ったからな!なんて告げ口の報告をしてくる。ああ、気に入らない!こんなクソガキに!!
まさかそんな自分の感情をばらすわかにもいかず、しかしこのイライラをおとなしく納めることもできず、うるさいクリスに頭突きをくらわしたジョセフともっとうるさくなったクリスを、あとから出勤してきたバリーがうんざりしながら宥めることになる。
ブラヴォーチームの通信が途絶えたと報告が入ったのは、その夜のことだった。
お題「いつもどうり一緒に」

 
 
(クレア)
クレアは盛大なため息とともに電話の子機をソファに投げ出した。つい声を荒げた自分に後悔している。
クリスと喧嘩をした。久しぶりに兄の声を聞けたのに、些細なきっかけで口論になってしまったのだ。
頭では解っている。兄の立場も、その心境も…だからこそ納得いかないものもある。
どうして一緒にいれないの。
自分の身を案じてくれるのは嬉しい。けれども、接触を断つことが妹を守ることだと思わないで欲しい。
クレア、すまない。
あの南極の施設で再会するまで、手紙の最後は、いつもその一行で締めくくられていた。
兄さんは解ってないのよ…。
クリスがクレアを案ずるのと同じように、クレアだってクリスの身を案じている。だから兄を追って二度も戦いに身を投じた。
伝わらない気持ちが、はがゆい。
両親はすでに亡かったが、幼いころから兄はクレアを大事にしていた。だからといってクレアの活発な性格に難色をしめすわけでもなく、乞えば銃の扱いだって教えてくれた。うまくできれば嬉しそうに、さすが俺の妹だなあと笑いながら頭を撫でてくれる兄の大きな手が大好きだった。兄は不器用で、両親のいない妹に苦労をかけまいと、自分が側にいれなくても、妹が一定以上の生活水準を保てることが一番だと考えていた節がある。そんなことより、クレアはクリスともっと一緒にいたかったのだ。
あまり色気のある話題に縁がなかった兄は年相応に女の子にもてたがったが、優しい兄の愛情を一身に受けられることがクレアのささいな優越感を満たしていたことは内緒だ。
思えば、兄は自分には優しかったが、周囲には少し壁をつくっているところがあった。
人一倍仲間思いのくせに、全部自分で背負い込もうとする。時にそれが正しく相手に伝わらず、悪者になってしまったとしても。
それは妹に対しても同じ。クレア、すまない。と、全部自分のせいだと先回りして安全な場所に妹を置き去りにしようとする兄が、腹立たしく、悲しかった。
…会いに行ってやろうかしら。
ソファに転がった子機を眺めてながらクレアはぽつりと声に出した。声にだすと、それが最良の選択のように思われた。
もういい、私は好きにするわ――それが、電話を切ったクレアの捨て台詞だった。二度も自分を追ってきた妹のその言葉に、クリスもいまごろあわてているかもしれない。
よし、と次の行動を決断してすっくと立ち上がると、転がったままの子機から焦ったように着信音が鳴り始めた。
一瞬驚いたクレアのチャーミングな顔は、見る間にいたずらっぽい微笑に変わる。
いつだって、兄が機嫌を伺って焦る相手は、私だけなのだ。
お題「誰にもしてくれない、私だけの」